女将 渡邉亜弥「残っていきにくいものを残す」使命の巻
2021.1.21
今回は渡辺社長の奥様、渡辺亜弥さんにインタビュー。会社という面と酒蔵という面をもつ特殊な構造の中で感じる楽しみや苦労。今までインタビューした方々とは少し違った視点でのお話を聞かせていただきました。
Q:奥様はどちらから嫁がれたのですか?
A:9年前、渡辺酒造店のある飛騨市内から嫁いできました。
Q:嫁がれる前の渡辺家、渡辺酒造店のイメージはどのようなものでしたか?
A:嫁ぐ前、私の中での日本酒は、飲む専門。そのお酒を造ってみえるメーカーというイメージでした。蔵の前を通っても、この中でお酒を造っているんだな、名家である渡辺さんというご家族が暮らしてみえるんだな、という淡々としたイメージです。今でこそ蔵まつりで蔵を開放したり、酒蔵の玄関でお酒の販売などをしており、蔵の中や蔵の人の動きが見える酒蔵ですが、昔は特別な用事でもなければ酒蔵さんの中に入る事はなかったですから、それ以上のイメージが持てなかったというのが正直なところです。
Q : 一般的に日本では酒蔵というと、地域を代表する旧家、名家。そのような家に嫁がれることにプレッシャーなどはありませんでしたか?
A:飛騨市内の生まれですので渡辺家が古くからの家柄ということは知っていました。ただ、嫁ぐ事が決まった時点では、『何が大変なのか』全く想像がつかなかったので、プレッシャーと言うよりかは、漠然とした不安がありました。
Q:そして嫁がれた渡辺家。驚かれた事、戸惑われた事は何ですか?
A:まず、会社渡辺酒造店という側面で一番戸惑ったのは、立ち位置ですね。出しゃばって目立つ事はしないよう、ただ必要とされる時はパッと対応する。経営側と蔵人の間を取り持つ橋渡し役の時もありますし、全体に目を配りながら見守る立場です。『決まった何か』がない事に戸惑いました。「全体を見守るのが私の立場」なんて言っちゃいましたが、もしかして私の理解が間違っているかも知れません。大女将の日常の何気ない仕事の姿を見ながら日々勉強させていただいています。
Q:では旧家渡辺家に嫁いだという側面で、驚いた事や気付いた事は何ですか?
A:旧家に嫁いだらビシバシ!って話がお聞きになりたいんですか?実はそんなことはありませんでしたよ。確かに覚える事が多いですし、教えてもらえるというより見て覚える部分が多いので戸惑う事はありますが、楽しみと発見の連続で面白いと感じています。
Q:具体的にはどのような発見が?
A:大きく2つあります。まずは、私自身が四季を敏感に感じるようになった事です。酒造りは季節や行事と密接に関係していて、新酒ができて杉玉を掲げ、酒造りの始まりと終りで蔵人が行き来する…そんな、各種行事と人の動きで四季を感じられるようにできているんです。普通の仕事ではできない経験です。
あともうひとつ。渡辺家では日本古来の『残っていきにくいもの』をしっかりと残し伝承しているという事です。私自身、呉服屋の娘ですので日本伝統文化は他の方よりは知っていたつもりでしたが、それに及ばない程、古来のやり方には決まりごとが多いんです。座敷の飾り方、行事によって使う食器や道具がそれぞれ異なる事など…。私にとっては知らないことだらけでした。それを家の文化として脈々と守り続けている家がある。その事実に驚きと尊敬の念が生まれました。
Q:日本古来の伝統が残る渡辺家ですが、変わった風習などはありますか?
A:これは渡辺家というわけではないですが、蔵として※『年取り』を12月31日ではなく1週間〜10日程前に行う事です。正月には蔵人が東北に一時帰郷してしまうため、蔵として当主として蔵人との年取りを前倒しで行っているようです。
Q:この冊子内で今回、蔵人料理の紹介を行っていますが、蔵人さんの料理に特徴はありますか?
A:体を動かす仕事なので、少し塩味の強いものが多いかもしれませんね。また、粕汁や粕漬けなど酒粕を使った料理も多いかな、と思います。あと特徴と言えるのか分かりませんが、仕込みの序盤は、持ったり運んだりなど体を酷使する作業が多いせいか炊いたお米が残りません。ただ酒造りも進み、体を酷使する作業が少なくなると炊いたお米が残りがちになります。お米の消費量で酒造りのおよその進捗具合も分かるのも面白いですね。
Q:嫁がれる前と後で日本酒に対するイメージは変わりましたか?
A:前に申しあげたとおり、お酒は飲むものでそれ以上でもそれ以下でもなかったのですが、今ではそのお酒の後ろに広がるストーリーを感じるようになりました。人やもの、苦労や喜び、そんなことをイメージするようになりましたね。
Q:それでは最後に、渡辺酒造店で一番お好きな銘柄を教えて下さい。
A:『超吟しずく』です。あの上品でいてのど越しがさっぱりした味自体が好きなのですが、それを飲む時の空気感が好きです。高級なお酒なのでそうそう飲めるものではないのですが、そんなお酒を買おう、飲もうという気持ちになるからには何か良い事、嬉しい事があったわけです。だからそれを空けて飲む席というのは幸せに包まれているんです。そこに流れるみんなの安堵感、幸福感みたい空気がとても好きです。
お話を伺う前、旧家に嫁がれたことで大変ご苦労もなされたのではないかと勝手に想像していましたが、お話を聞かせて頂くと、多少の苦労があったものの、それも新しい発見、勉強と
前向きにとらえてみえたようで、とても笑顔で受け答えをして頂きました。奥様にも日本で一番笑顔あふれる蔵イズムがしっかりと浸透していました。
※飛騨地方では、元旦とともに大晦日を大切にし、12月31日の晩御飯にごちそうを並べ家族で過ごす風習が未だに強く残っています。その飛騨地方のごちそうの代表が鰤です。
聞き手/村坂壽紀