杜氏 岡田 喜栄治 「楽しいお酒を造る」の巻き
2021.1.21
根っからの酒造り職人ではなかった岡田杜氏が、いかにして杜氏を目指すようになり、また酒造り道に没頭していったのか新天地での初造りを終えた今、お話を聞きました。
Q:酒造りに関わるようになったきっかけを教えてください。
岡田杜氏:高校を卒業した年の6月頃、近所に住む杜氏さんに声をかけられたのが最初です。高校卒業後は実家の農業を手伝っていたのですが、「10日間くらい」という短い期間でしたし、高校を卒業したばかりで親元を少し離れてみたいという潜在的な気持ちもあったのでしょう、不安というよりかは楽しみ半分で岩手県内の酒蔵に手伝いに行きました。そしてそこでの火入れ作業が酒造り人生の第一歩でした。
Q:楽しみ半分から始まった酒造りへの道ですが、杜氏までの道のりにはいろいろあったのではありませんか?
岡田杜氏:最初の3〜4年は〝ながし〞だけを担当しており、辛かったですね。ながしとは簡単に言えば洗いもの係です。昔の酒造りはまだまだ完全手作業で、設備や道具にも限度があり、使ったらすぐに誰かが洗う、という洗うだけの専属の役割りがあったのです。その頃はどこの酒蔵でも脆弱な設備状態でありましたから、〝ながし〞が必要な仕事だと心では分かっているつもりでしたが、やはり酒造りに貢献しているという意識は薄かったですね。
そしてその後、釜屋・麹師・もと師などいろいろな部署を担当しました。とは言っても特に杜氏を目指そうという気概が芽生えた訳ではありませんでした。私は25歳で結婚したのですが、その相手のお父さんの職業が杜氏の方だったにも関わらず、意識が変化することがなかったように、30才頃までは漫然と目の前の作業をこなしていました。
しかし、歳になり同世代の蔵人が杜氏試験を受けるとか、杜氏になったいう話が少なからず聞こえ始め頃、どうせここまで来たのなら男子たるもの負けてたまるか、俺も杜氏になって誰にも負けないお酒を造りたい!という気持ちがついに芽生え、杜氏を目指すことを決意しました。そして36歳の時、杜氏になることができました。
Q:杜氏になられてから、渡辺酒造店への縁はどのようにして?
岡田杜氏:まずお話しておきますと、杜氏の従事先の蔵というは、南部杜氏組合を介して蔵と杜氏をマッチングするという形で決まっていきます。私の場合は、南部杜氏組合に属しており、そこからの照会を受けました。杜氏になってから岩手県内の酒蔵で4年、山形県で14年、長野、茨城、山梨と各地で酒造りをさせて頂き、直近の山梨の蔵との契約が終了した後、お話を頂きました。
Q:初めての土地となる岐阜の渡辺酒造店の話を耳にされてどう思いましたか。
岡田杜氏:前任である板垣杜氏さんとは直接の面識はありませんでしたが、岐阜県内の元気な蔵でご活躍しており、引退されるという話は杜氏仲間の話の中で聞いておりました。そんな中、組合の方から「岐阜県内の蔵の」との話があったので、『岐阜』と聞いて、来たかっ!と思いました。
Q:じゃあそれなら、2つ返事でOKを?
岡田杜氏:(しばし沈黙)実は1週間時間を下さいとお願いしました。
Q:「来たかっ!」は、「ヨシッ!行くかっ!」ではなかったのですか?
岡田杜氏:実は渡辺酒造店の仕込みの時期は通常の蔵よりも2か月ほど長いんですね。そのため、家族のこと、実家の米作りの事、これまでの体に染みついたリズムを変えられるかなど、いろいろ悩みました。しかし最後には、男子たるもの、必要とされている要求に応えない理由はないとの決心で、前向きにお受けいたしました。
Q:そして迎えた岐阜県飛騨での初めての酒造り。いかがでしたか。
岡田杜氏:まず飛騨地域の水、米、気候の点に関して言えば、飛騨は酒造りに適している場所だな、という印象を受けました。ただ、初めての場所での酒造りでしたので苦労がなかったと言うとウソになります。「初年度だから」なんて言い訳はするつもりはありませんでしたので、前杜氏が築いた渡辺酒造ファンの期待を裏切らないように、精一杯試行錯誤と努力をしました。きっと渡辺酒造ファンの方にも十分楽しんで頂ける仕上がりになっていると思います。
ただ今まだここでは言えませんが、自分の中で引っかかっている所が1つだけあり、心残りとなっています。渡辺酒造ファンの皆様、来年こそは見ていてください!
Q:杜氏さんが理想とされるお酒はどのようなものですか?
岡田杜氏:具体的な銘柄などはないのですが、香りがほのかで味わい深くそれでいてのど越しがよい。また口に含んだときにくちびるがお酒の甘みでトロっと艶めく、そんなお酒を理想としています。
Q:それでは最後に来期以降の意気込みを教えてください。
岡田杜氏:私のお酒造りのモットーは、〝楽しいお酒をつくる〞です。晩酌や宴席で飲んで頂き、次の日の活力にして頂ける、そんなお酒をつくり続けたいと思っています。そしてそんなたのしいお酒は、それをつくる蔵人自身が前向きに仲良く楽しく造っていないと醸すことはできないと考えています。蔵人が愛を込めて造り、それをみなさまに愛して頂ける、そんな愛されるお酒を造りたいと努力を重ねます。渡辺酒造ファンの皆様、よろしくお願いいたします。
聞き手/村坂壽紀
「酒造りを手伝い始めて3年くらいは面白いかどうかも分からなかった。」「渡辺酒造店の話を頂いた時、実は一週間返事を待ってもらった。」など、こちらがビックリするような答えがいくつかありました。最初は、岡田杜氏が面白いインタビューになるようにと、リップサービスで言ってくれたのかな、とも思っていたのですが、インタビューが進めば進む程、杜氏は本当に嘘がつけない正直な方なのだなということが伝わってきました。正直・実直・まっすぐな東北男子、そのものでした。
今年から始まったユニークな発想の蔵元と質実剛健、実直な杜氏のタッグ。これからの渡辺酒造店の展開はもっと目が離せません。